【084】 お も ち ゃ 屋
  子どもたちが成人してしまうと、 おもちゃ屋から遠ざかってしまった。 でも、 思い出がたっぷり。 2人の子どもが生まれても、 エンゲル係数の高い生活だった。 

  幼い子の手をつないで、 おもちゃ屋の前を通るのが怖かった。 子どもらは決まって、 玩具をねだるから。 
「まだ結婚するには、 早すぎる歳だ。 家庭に入れば、 経済力が大切だ。 男の生活が固まってから、 結婚したらどうだ」と、 実親に反対された。 
  あの時は、 いまの愛を失いたくなかった。 駆け落ちする勇気はなかったけれど、 「ぜったいに親に迷惑はかけない」と断言し、 ともかく結婚までこぎつけた。 
 

  子どもが生まれると、 親の忠告が身に染みてわかった。 給料日から数日にして、 財布のなかはもう空っぽと同然。 おもちゃ屋の前で、 2人の子どもが泣き叫んでも、 わが家につれて帰るより仕方なかった。 子どもらに玩具を買ってあげられないのが、 とても心底から切なかった。 

  それでも給料日の翌日に、 上の娘には『おしゃべり熊さん』を買ってあげた。 寝床に入っても、 娘は手から離さなかった。 
  次女には『オットセイの縫いぐるみ』を買い与えた。 オットセイがあまりに汚れたので、 洗濯機に入れて洗ったら、 大泣きされてしまった。 
  3番目は男の子で、 電車が大好きだった。 小さな、 小さな電車一つでもよく遊んでくれた。 駅名もよく覚えた。 
 

  おもちゃ屋の前が怖くなくなったのはいつごろだろうか。 3人の子が幼稚園を卒園し、 家計に負担が少ない義務教育になったころだろう。 子どもらも家計の状態が理解できたのか、 無理な物をねだらなくなった。 不思議に、 そのころに買ってあげた玩具は覚えていない。 

  おもちゃ屋の前に来るたびに、 思い起こすのは買ってあげられなかった玩具ばかり。 
 

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