【008】 行商のおばさん |
成田方面から京成電鉄の行商専用車両に乗ってきた、 農家のおばさんたち。 青砥駅で下車したのは九時半頃。 荷物を仕分けしてから背負いなおす。 押上線に乗り換えていく。 「この道何年?」 「さあね。 嫁にきた頃だから、 行商はもう何十年になるのかね。 数えたことがないね」 という八十二歳のおばさん。 色気のあった女の盛りから、 これだけの荷物を担いでいたのかね。 押上線に乗れば、 それぞれが下町の各駅に散るように、 一人一駅ずつ下車していく。 背丈を越える荷物だ。 乗換えも大変だが、 駅の階段も大変だろう。 |
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駅前の露天で広げた、 野菜とか、 漬物とか、 ピーナツとか、 みな自家製だ。 ごく自然に客は集ってくる。 味は語らなくても、 下町っ子たちは幼い頃から、 おばさんたちの野菜を食べて味のよさを知っている。 自転車でやってきたおじさんが、 「いつもどうりだね」 といい、 露天の商品を覗き込む。 「行商列車は、 もうひと電車だけだからね。 時間は狂わないよ」 昭和三十年代の国鉄・成田線がまだ蒸気機関車だった頃を語る |
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「この枇杷は、 つやが良いね。 もらっておこうか」 「いい枇杷を食べられるのも、 いまのうちだよ。 後継ぎがいないし、 歩けなくなったら、 この商売は終わりだから」 「長生きしなよ」 「あんたもね」 という会話が毎回くり返される。 売り手も買い手も、 何十年もの間も顔見知りだけれど、 たがいに名前は知らない |
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