【053】 歩道売りの花屋
 花屋さんが店内から色彩豊かな花を路上に運びだす。 赤、 青、 紫、 黄色の花を並べる。 原色の鮮やかな花売場が即席で、 路上にできてきた。 運び出す大半がスミレだ。 
 ベビーカーを押す主婦が、 路上売場をのぞきこんだ。 

「きれい、 きれいな花でしょ」
 と幼児ことばで、 わが子に語りかけてから、 
「一鉢いくら? このスミレは」
 と搬出で忙しい花屋さんを呼び止めた。 
「お買い得だよ。 一株20円」
「えっ。 そんなに安いの」
 主婦は信じられない顔だった。 

花屋はまた作業に入った。 主婦は花を選びはじめた。 
  黒い犬を連れた散策の女性が立ち止まった。 20円だって、 と教えてあげる。 
  安い花を独り占めしては申し訳ない気持ちから。 黒い犬も花壇をのぞき込んできた。 春の花の甘い匂いが犬の敏感な嗅覚を刺激するのだろう。 

  花屋のまえは人の輪がごく自然に膨れあがってきた。 人だかりがはじまる。 

  年配の夫婦が足を止めた。 ふたりの視線がスミレの花に止まったままだ。 好い、 色ねと、 鮮やかさを褒めている。 
「これって、 20円だって」
 と気安い口調で教えてあげている。 夫婦者は腰を下ろして、 スミレの選別をはじめた。 
「スミレには、 どんな肥料がいいのかしら?」
 男性がそう訊いたから、 ベビーカーの女性が教えてあげている。 しゃがんで肩を並べれば、 親しい隣人になってしまうようだ。   花屋さんはなおも黙々と花を並べる。 

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