【047】 自販機屋さん
   むかしこの界隈(かいわい)はずいぶん栄えていたよ。 裏手に流れる中川沿いには、 繊維工場があったしね。 川の水はきれいだった。 

  染めた織物を、 春先の冷たい川で洗っていた。 あれは中川の風物詩だったね。 いまじゃね、 川の水も汚れたし、 面影はないね。   うちは雑貨屋だった。 染物工場の職人が店頭に買いに来てくれていた。 日用品も、 飲料も、 タバコもよく売れたよ。 小僧さんがお菓子を買いにきた。 あの子たちは、 もういい歳のお爺さんだろうね。 

  世の中が成長だ、 成長だといっているうちに、 川の水が汚れてきた。 繊維工場がだんだん廃れて、 廃業がつづいた。 さびしかったね。 私(うち)は足腰が弱ってきた。 
  年寄りが雑貨屋を取り仕切るのはつらいものがある。 それでも、 親の代からの店だったからね、 それなりに頑張ってきた。 
  悲しいけど、 寄る歳にはかなわない。 廃業はいやだったね。  脳みそはしっかりしているつもり。 銭勘定はまだできる。 からだをあまり動かさないで、 できる商売を考えたよ。 それが自販機だった。   最初はずいぶん抵抗があったよ。 お客にたいして愛想もなければ、 素っ気もない。 無味乾燥で、 申し訳ない気持ちだった。 うちもお客と何も喋らないんだからね。 こっちの心までが荒んできた。
 
  缶ジュースやペットボトルは重いから、 業者に頼んでいる。 タバコの詰め替えは、 うちでやっているよ。 新製品が出ると、 これまでの売れ筋が違ってくる。

  自販機商売でも、 品物の動きがわかる。 商売の味が多少でも残っているんだ。 自販機も捨てたものじゃないと思いはじめたね。

  詰め替えのときに、 通行人の客が
「いま買っていいかな。 マイルドセブン」
 と声をかけてくる。 うれしいね。   むかしのタバコ販売を思い出すね。 口を利ける商売が一番だよ。 

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