【044】 下町の牧場
  乳牛工場の構内には、 川向こうから朝の陽射してきた。 きのうから降り続いた雨がやっと止んだ。 空は雲がちぎれ、 青く透き通ってきた。 

  緑の濡れた芝が水滴で光る。 そのうえで、 ホルスタインの仔牛が、 甘えるように母牛に寄り添っていた。 

  にぎやかな小学生たちの声が近づいてきた。 黄色いランドセルを背負った、 児童たちの集団登校だ。 子どもたちは正門の前にくると、 「おはよう」と牛の親子に声をかける。 

  母牛が微笑みながら、 「きょうも、 お勉強がんばってね」と挨拶を返している。 

  従業員たちが駅の方角から出勤してきた。 守衛さんにも、 牛の親子にも、 挨拶を忘れない。 乳業工場がやがて動きはじめた。 リズミカルな機械音がひびく。 きょうの川風は南から。 構内の樹木が吹く風で小躍りをする。   工場からほのかな乳の香りが漂う。 とても甘い匂いだ。 すると、 仔牛が母親に話しかけた。 
「ママのおっぱいで、 ヨーグルトとミルクができるんだよね」
「ほかにも一杯よ。 バター、 チーズ、 アイスクリーム。 もっとあるわよ」

  母牛はいつも自慢顔だった。 
「アイスクリームっていいな、 食べたいな。 ママのおっぱいよりも、 そっちがいいな」
「そんなおネダリはダメよ」
「遊びに行きたいな。 いつも同じところばかりだと、 おもしろくないもの。 工場の外に出たいな」
「外は危ないから、 まだダメ。 おとなにならないと」

  下町の牧場では、 母牛が好奇心の旺盛な仔牛を諭す。   きょうも、 牛の会話が聞こえてくるようだ。 

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