【034】 夕暮れの家路
  どこからかチャイムが鳴る。 夕暮れの決まった時間に、 自転車にのった家路に向かう通勤者たちがやってくる。 対岸の町工場からの帰りだ。 橋を渡れば、 わが家が見えてくるのか、 漕ぐペダルも軽やかに見える。 家に着けば、 晩酌でいっぱい。 そのまえにひと風呂浴びるのかな。 

 仲間からいっぱい付き合えといわれた。 「最近は付き合いが悪いぞ」と嫌味をいわれたが、 断ってきた。 妻子の顔を見れば、 一日の疲れが早く取れる。 居心地の良さが、 わが家にたっぷりある。 やはり寄り道は断ってよかった。 

  橋の欄干のかなたには、 夕日が静かに落ちてくる。 東京湾の上空に広がる重い雲の底が茜色に焼けていた。 先刻までは、 雨を降らせたに違いない。 雲の表情が変わる。 

  燃える太陽が傾むくほどに、 光の濃淡と影が鮮明になる。 雲の表情が一寸を争うように刻々と色合いが違ってくる。 天然の壁画だ。 
 
  橋を渡る人たちの目が夕日に集まる。 西方浄土の人生を想うひと、 物悲しく思うひと、 光の造形に惹かれるひと、 情感と感動をおぼえるひと。 それぞれ思いは違う。 

  太陽が送電電線に引っかかり落ちてくる。 夕日が橋底に潜り、 光が川面まで落ちてきた。 強い光の反射が四方に射す。 
 
  橋上のほんものと二つの太陽の輝きとなる。 厳粛な瞬間だ。 下町に生まれ育って何度も見てきた夕日だが、 飽きる光景ではない。 いつも目を引寄せられる。 

  夕日の儀式はだんだん幕引きが近くなる。 上空の彩り豊かな残照には、 一抹の寂しさが漂う。 


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