【012】 泣かないでね
「泣かないで、 先生が拾ってあげる」
保育園の先生が路面に両手をついて、 なにやら探しはじめた。 
「博ちゃんがわざと落としたの」
 女の子は声をあげて泣く。 

「いけない子ね」
「ぼくじゃないよ、 雄太だよ。 こいつだよ」と指す。 
「ぼくじゃないよ」


「どっちが悪い子かな。 あっ。 見つかった。 これでしょ。 この髪飾りでしょ」
 先生は笑顔をうかべた。 
「ちがう。 こんなに、 汚れてなかったもの」
 女の子はなおも手で目頭をなでている。 
「汚い、 汚い、 飛んでいけ。 ほら、 消えた」
「もうちょっと。 ここ汚れている」
「博ちゃん、 雄太ちゃん、 ふたりで払って上げなさい」
「ぼくが先だ」
「ほらほら、 奪い合いの、 ケンカしないの」

 保育園の子供たちは童謡を歌いながら、 街角を曲がっていった。 
きょうの思いでは、 いつまで記憶に残っているのかな。 夜には忘れるのかな。 保育園の先生の名まえはいつまで覚えているかな。 
『三つ子の魂は百まで』
 この小さなケンカが、 明日の羽ばたく命の泉になるんだからね。 

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